指導者と被指導者の間に何か共通目的があるときに、実施される指導が良いか悪いかの区別というのは、指導者によって目標ラインを高く設定されてそれを超える経験が積めるかどうかなのかな?と思った。
被指導者の目標ラインがそんなに高くなってない状態で、「なんでも自由にやってくれ」タイプの指導者にめぐり合うと、その目標ラインをそれ以上高くすることがないまま(というより高い目標がなんなのかすらわからないまま)、指導されるようなフェーズが過ぎていってしまうケースもありそうだなと思った。
指導者の目標ラインは高くても変に優しいと、被指導者に対してアレコレ指摘することなく、被指導者の目標ラインが高まることなく、時が過ぎていくこともありそう。